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アジア通信
第38号 2015年6月30日発行
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アジアで活躍する『人』を知る
〜マーセリノ・ビリャフーテ氏 フィリピン気象庁(PAGASA)〜

アジアの都市で日々活躍する行政職員や今後の活躍が期待される留学生に注目する本コーナー「アジアで活躍する『人』を知る」。今回は、首都大学東京博士課程修了生で、フィリピンの気候災害に立ち向かうマーセリノさんを紹介します。

‐私の故郷が今の私を決めた‐
<ケソン市にあるPAGASAの
セントラルオフィスの前で>

 私が生まれたのは、フィリピン最大の島、ルソン島南部に位置するビコル地方の小さな町です。フィリピンの首都マニラからビコルまでは、南東に向かいバスで約8時間の道のりです。ビコルは、完璧な円錐形をしているマヨン火山で有名です。優美なビーチを持つ小さな島もいくつかあり、ビコル地方の主な名所になっています。ビコル地方は太平洋に面しているため、フィリピンを襲う台風の被害を最初に受ける地域でもあります。おそらくこのような状況が、現在の職場で仕事を始めるきっかけになったのでしょう。

 私は現在、フィリピン気象庁 (PAGASA)に勤務しています。PAGASAは、フィリピンで水象気象情報を提供する国の機関です。具体的にはPAGASAの気候学・農業気象学課に所属しており、一般市民に向けた気候情報の提供、天気概況の分析、科学的な研究などが日々の業務です。

 平日だけでなく休日にも出勤することがたまにあるので、職場の近くに住むことにしました。自宅、オフィスとも、マニラ首都圏の最大都市、ケソン市にあります。マニラ首都圏の公共交通機関としては、鉄道(ただし路線はかなり少ない)、地方バスおよび市バス(一般的には長距離移動用)、メーター料金制のタクシ−、エアコン付き小型トラック(汚れた空気を吸いたくない時に使われることが多い)、ジープニー(10人掛けの長いベンチシートを向かい合わせに設置したオープンエアの乗り合い自動車)、トライシクル(小道にも入れる原動機付き三輪車で、短距離の移動に使われることが多いが、フィリピンで最も高価な公共交通機関と言われることもある)などがあります。自宅からは、徒歩で5分、そしてジープニーに乗ること15分でオフィスに着きます。

‐気候災害に苦しむフィリピンのために‐
<アメリカ・テキサス州オースティンにて開催されたアメリカ気象学会にて
初めての大規模国際学会への参加>

 首都大学東京では、私の母国であるフィリピンの多くの国民、特に異常気象や気候災害の被害にあった人たちが抱いている疑問に取り組むことを中心に研究を行っていました。具体的には、地球温暖化が我々の生活に悲惨な影響をもたらす異常気象の原因なのか、というテーマについて研究していました。私の指導教授の素晴らしいご指導(松本淳教授には心から感謝しています)、そして研究室(気候学研究室)の各メンバーによる大きな支援のお蔭で、幅広く観測データセットを利用し先進科学の手法を取り入れて、この問題に取り組みました。まず異常降雨の変化を分析し、地球の平均気温の上昇との関連性を見出そうとしました。ありがたいことに、私たちの研究は注目すべき結果を生み出し、あまり研究の対象として取り上げられていない地域、つまりフィリピンや東南アジア全体を対象とした、この分野における先駆的な研究となりました。そのため我々の研究結果は、国際的な3つの機関誌に掲載されました。

‐東京での生活‐

 実際に来るまでは、東京に住むにはお金がかかるし、暮らしづらく不便な生活に違いないと思っていました。しかし3年間東京に住んでみると、そんな予想は正反対であることが分かりました。たしかに東京には高級品がありますが、それに代わるものも色々あります。実際、500円もかけずに、しっかりと食事をすることもできました。東京に住む人はほとんどが礼儀正しく親切で、夜遅い時間帯でも、安全、快適に外を歩くことができました。

 東京では、高齢者(60代後半以降)も働いています。とても勤勉で、レストラン、コンビニ、ショッピングモール、公共の駐車場などで働いている姿を見かけますし、トイレ清掃をしている人もいます。かなりのご高齢の方が、荷物を運んだり、自分の食料品の買い物をしたり、一人で外を歩くのを見かけたことも(実際、何度も)ありました。高齢化社会の国にとっては理にかなったことかもしれませんが、仕事をしたり一人で外を歩いたりする高齢者に、初めは違和感を覚えました。というのは私の母国では一般的に、若い世代が祖父母の面倒をみるのが当たり前だからです。家族のうち年若のもの少なくとも一人は、必ず祖父母の面倒を見たり、世話をするようにしています。しかしその後、日本の高齢者の状況を理解し、逆に私が自立してもっと一生懸命仕事しなければと刺激をもらうようになりました。

‐首都大学東京での研究生活、そしてアジアでの私の役割‐
<欧州地球科学連合の年次総会で展示したポスター
オーストリア・ウィーンにて>

 首都大学東京で研究を行えたことは、非常に光栄に思っています。私の研究の上でのニーズに対する大学側の支援は、すばらしいものでした!国際会議あるいは国内の会議などに参加して、自分の研究結果に対する強い自信を持てるようになりましたし、新しい友人と出会い、専門家としてのネットワークを広げることもできました。また、ほとんどが初めて訪れる場所でしたが、どこでも楽しみながら新たなことを学ぶこともできました。非常にありがたい事ばかりでしたが、首都大学東京で、できるだけ幅広い学業経験を積むにあたり、主な障害は言語になりました。私の指導教授は研究室の各メンバーに対し、できるだけ研究室でのセミナーのプレゼンは(すべて英語でないにしても、せめて図表は英語表記で)準備するように言っていましたが、日本語での発言を完璧に理解することは困難でした。例えば、発言者(私の「Kouhai(後輩)」)の研究について他の誰かがすでに質問していたことを知らずに、同じ質問をしてしまったことがありました。ただ、コミュニケーションにまつわる問題はありましたが、全体としては首都大学東京で充実した時間を過ごし、研究を楽しむことができました。

<ケソンメモリアルサークル公園で、
家族でゴミ拾い活動中>

 首都大学東京で3年間研究して得た知識は、現在、私が所属する職場の業務に必ず役立つと思います。ここPAGASAの同僚だけでなく、フィリピンの学生たちとも分かち合うことができるでしょう。実際、複数指導体制や論文のリーディング、メンタリングなどを通じて、大学院生の研究をサポートしています。またPAGASAが主催する次回の気象学技術者養成コースで、気候学を教えることになっています。さらに気象関連の問題を解決するために、タイムリーで社会的に影響の大きい研究を行ったり、その成果を国内外の学会で発表することによって、科学界でより広く気象関連の情報を共有しています。

 アジア人材育成基金の奨学金は、東京とマニラ首都圏などアジア大都市ネットワーク21の21の会員都市を結ぶ架け橋となることを目的として設けられました。ですから同奨学金受給者の一人として、私が住むマニラ首都圏と東京を結ぶための役割を担うつもりです。そのことを心に留めながら、東京滞在中に学んだ基本的なことを、地元でも実践しています。例えば東京の公園では、親が子供に環境を大切にすることを教えている日本人の家族を目にしました。そんな体験を私の家族にも伝えようと、時々、公園に行ってごみ拾いをするなど、他人のお手本になるようなことをするように話しています。他に東京で驚いた事と言えば、食事が終わったら、お皿やその他すべての食器を返却しなくてはいけないということです。このように優れた習慣はフィリピンでも取り入れて欲しいので、私はいつも職場の食堂で実行しています。これらは単純な例にすぎませんが、マニラに住む人たちに東京を身近に感じてもらうには、とても重要なことなのです。今後は、現在の職場で昇進することにより、PAGASAと東京にある日本の気象庁(PAGASAとは世界気象機関(WMO)を通じて関係を築いており、共同プロジェクトも既に実施されているのですが。)や首都大学東京をはじめとするその他の機関とのとの連携強化に向けて、中心的役割を果たす人材になれるのではないかと考えています。

‐東京でお世話になった方々へ‐

 東京に滞在している間、いろいろな形で私を助けてくれた数多くの方々に、本当に感謝しています。まず私の「Sensei」、松本淳教授には、私の博士課程の研究に対し最高のご指導をいただき、私に(他の学生全員に対しても)、我が子のように接して下さり感謝の念でいっぱいです。また研究室の仲間(首都大学東京8号館729室)、アジア人材育成基金の奨学生仲間(「Senpai」「Kouhai」も含めて)にも、感謝の気持ちを伝えたいと思っています。さらに都立多摩総合医療センターの和田医師には、私が体調を崩した時にしっかりと治療して下さり、またおよそ2年間にわたり定期的に診察に伺った際には、丁寧に私の健康状態を説明してくださり、ありがたく思っています。加えて、丁寧に患者に接する日本の看護士の姿を見せてくださった八王子市保健所のササヤマさん、いろいろ助けて下さったチューターのアイバさん、私が(そして親戚も)東京でより暮らしやすくなるように支援して下さった国際センターのスタッフの方々にも感謝しております。最後に、ハウスメイトたち(下柚木のアパートでした)やパーティー仲間(本人は自分のことだと承知しているはずなので、ここではあえてお名前を挙げる必要はないでしょう)のお蔭で、東京での暮らしを十分楽しむことができました。本当にありがとうございました。

‐今後東京で学ぶ留学生へのメッセージ‐

 東京で学ぶのは、本当に面白く楽しいです。東京では、先進技術と昔ながらの生活様式がうまく調和し共存しています。ですから留学生には、東京でそういったものを体験されることを強くお勧めします。しかしながら、研究や学業に励むことが東京にいる最大の目的であることを決して忘れてはいけません。ですから、是非、何事も真剣に学び、良いものを母国に持ち帰って下さい。