菊地裕介の未来ビジョン

「ふれあい文化都市」東京

―ピアニストとして2050年の世の中を見据えた時、クラシック音楽はどのように変化しているでしょうか?

AIなどの先端技術の進歩は、クラシック音楽の未来にも変革をもたらす可能性を秘めていると思います。僕は音楽大学で教べんをとっていますが、日々の現場においては、AIに任せてしまいたい、と思える場面が多々存在します。AIの活用は、現状と同じコストでより教育を充実させるという方向にも応用が可能だと思います。

また、今では巨額のコストを要するだろう大編成の作品の演奏も、AI指揮者、AIオーケストラが助演することで、気軽に演奏出来るかもしれませんし、設計図に基づいて楽曲を完成させるという作業を、ある程度AI作曲家が代替していくことは、おそらく可能になっていくでしょう。もっともAIが「第九」のように社会現象となる程の影響力を持つ作品を作れるかどうかはまた別問題でしょう。音楽を通じて人々の共感を得、連帯の気持ちを満たすにあたって、AIがどこまで関わることが可能なのか、この感受性は時代とともに変わって行くであろうと思います。

―AIに代替されない普遍的な要素をクラシック音楽が有しているという事でしょうか?

ピアノという楽器はベートーベンやショパン、リストからラフマニノフに至るいわゆる19世紀のロマン派と言われる時代に、その形態が劇的に進化しました。その後現代に至るまでピアノは進化を止めている。

クラシックの名曲が何十万回と演奏を積み重ねているのは、そこに人間の深い共感が伴っているのであって、クラシック音楽の本質的なものはきっと変わらないのではないでしょうか。つまり、本物の価値は色あせることなく、むしろ人々をより本物への欲求に駆り立てるのではないだろうかと想像します。

AIなどの助けを借りて簡単に作曲できるものであっても、苦労して自分の手で生み出す快感に勝るものは、やはりないのだと思います。こうした人間の承認欲求、自己実現への探求心といったものは、もはや人間の「さが」なのではないでしょうか?

―「ふれあい文化都市」東京を将来像として掲げられています。

東京はもちろん、日本全国を見渡して、どんな地方の小学校にもピアノがありますよね。そんな国は日本の他にどこにあるのだろう?と思います。そして東京では、丸の内、有楽町エリアで開催されているラ・フォル・ジュルネのようなイベントはもとより、アトリウムコンサートだとかロビーコンサートだとかいうものが、20年前では考えられないくらい盛んに開催されています。銀座や赤坂などには、クラシックの生演奏が聴けるライブハウスがあって、若い演奏家もそこを研鑽の場としています。都内のあらゆる町に学習者たちのための「ステーション」が組織され、演奏イベントが開かれています。決して一過性のものではなく、市民に根付いてきている文化だと感じます。この方向は、もっともっと進めることが可能ですし、そうあってほしい。こういうムーブメントが、あらゆるジャンルのプロからアマチュアへ伝わっていけば、東京は自信をもってふれあい文化都市を名乗ることが、可能になるであろうポテンシャルを備えていると思います。

―そのポテンシャルを活かし、真の文化都市に成熟するために何が必要でしょうか?

音楽を愛好する人の増加に伴って、貸しスタジオや貸し練習室も日に日に増えてきています。音楽を楽しむための居住空間の確保という観点からは、空き家も防音に配慮した上で活用できるといいですね。

僕が所属する東京音楽大学は、市民に開かれるというコンセプトの新キャンパスを建設中で、来年、中目黒でオープンします。多くの人々が音楽に「触れる」機会を広く提供することが必要だと思います。

―課題を乗り越えた先にある社会の姿はどのようなものでしょうか?

時代があまりにもめまぐるしい勢いで進んでいくからこそ、時代を超えて人の心を動かしてきたものが見直されることが、必ずあると思います。クオリティー・オブ・ライフを高めることとは、人間性を見つめることにほかなりません。人間性の指標となるリベラルアーツを、大切にできる都市は、きっと人間の生活空間として生き残るのではないでしょうか。

―最後に、将来の音楽界のリーダーとなる若者をどのように育てていけばよいでしょうか?

若者の育成に関しては、圧倒的に教員のマンパワーが不足しています。特に音楽界を牽引するようなリーダーの育成に割く労力は、日本は著しく少ないと思います。

音楽において秀でた人材というのは、運動神経や体力があることはもとより、「自分で探求する力」を持っています。この才能を正しい方向に導くために、音楽界は「サイエンス」を取り入れた教育が必要だと思っています。画一的でなく、キメの細かい指導で個性を十二分に発揮させる。そのために必要なコストやマンパワーについては、先端技術が持つポテンシャルをいかに活用していくかが鍵だと思います。