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アジア通信
第13号 2011年2月28日発行
抗体を利用したディファレンシャルプロテオミクス法による結腸癌バイオマーカーの探索
理工学研究科 分子物質化学専攻
チン チン
 有用なバイオマーカーの開発は、結腸癌などの癌の早期診断や進行状況の把握、予後の診断や治療標的候補の探索研究に重要です。

 ウエスタンブロット法は、特定の抗体を用いて生体試料中に存在する目的のタンパク質の存在量を測定する技術です。この方法は、抗体によるタンパク質の高い識別能力と化学蛍光を利用した高い検出感度(検出限界1 x 10-12 g タンパク質)、良好な再現性のために、従来から分子生物学の研究において広く利用されてきました。

 この研究では、結腸癌患者から採取した8組の正常ならびに腫瘍臨床試料について、タンパク質抽出液を調製し、それぞれの抽出液に含まれるタンパク質をSDS-PAGE(SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動)法と呼ばれる方法で分離しました。次に、分離したタンパク質を、ウエスタンブロット法を行うための薄膜に転写し、12のグループに分類される多様な細胞機能を持つ195種類の抗体によって薄膜上の存在するタンパク質を検出、定量することで、正常あるいは腫瘍組織で存在量が異なるタンパク質を検索しました。

 図1は、この方法で検出したタンパク質バンドの強度(量を表します)をGE社の分析ソフトウエア、ImageQuant(イメージクウォント)TL 7.0によって測定したものです。正常組織と腫瘍組織で存在量が異なるタンパク質を検索すると、統計的に有意な差が認められるタンパク質が数多く検出されました。具体的には、この方法で検討した195種類のタンパク質の中で、16種類のタンパク質が正常組織と腫瘍組織の間で有意な存在量の差を示しました。すなわち12種類のタンパク質は腫瘍組織に過剰に存在し、その他の4種類のタンパク質は腫瘍組織で有意に減少していました (図1) 。

図1. 正常細胞と腫瘍細胞の間の存在量についての典型的な結果。ここでは2つのパターンが見られる。
腫瘍組織では存在量が多いが正常組織では低いものと、その逆に正常では存在量が多いが腫瘍では低いものである。8組(16試料)についての分析結果を示しました。


 この研究で対象とした195種類のタンパク質はNCBI(米国立生物工学情報センター)とUniprotのデータベースに基づいて 12の異なる機能グループに分けることができます。すなわち、アポトーシス、細胞周期制御、クロマチン構築、細胞骨格形成、DNA代謝、多機能タンパク質、タンパク質分解、リボソーム生合成、RNA 合成、シグナル伝達系、転写調節、輸送です(表1)。


表1 正常と腫瘍で存在量が有意に異なるタンパク質の機能分類
グループ名 各グループ中の数 T↑(12) N↑(4)
アポトーシス 2    
細胞周期制御 38 2 1
クロマチン構築 12 1  
細胞骨格形成 16 3  
DNA代謝 7 1  
多機能 4    
タンパク質分解 3    
リボソーム生合成 2    
RNA 合成 3    
信号伝達系 70 2 4
転写調節 32 3  
輸送 6    
合計 195    

T↑: 腫瘍サンプル中で高い発現; N↑: 正常細胞中で高い発現


 興味深いことに、この研究で有意差が認められた16種類のタンパク質の中の3種類の細胞機能が「細胞骨格形成」に分類され、また5種類が「シグナル伝達系」に分類されることがわかりました。いずれも結腸癌の発症初期に重要な役割を果たすタンパク質と考えられます。

 以上の結果は、今後多くの臨床検体を利用した免疫組織化学的な研究や、臨床的な指標によって検証されることになります。これらのタンパク質が実際に結腸癌と密接な関係にあることが立証されれば、結腸癌の発症や進行あるいは化学療法の効果を評価するための指標となるだけでなく、結腸癌を治療する医薬品開発のための創薬標的となることも期待できます。