アジアの都市で日々活躍する行政職員や今後の活躍が期待される留学生に注目する本コーナー「アジアで活躍する『人』を知る」。今回は、首都大学東京修了生で、サウジアラビアでの研究員生活をスタートしたばかりのアリフ・ユダントさんを紹介します。
インドネシアから東京、そしてサウジアラビアへ
KAUSTの灯台と共に
私はインドネシアのジャワ東部にある小さな町、ボンドウォソ出身です。近くには大きな山が2つあり、気温は穏やか(17-28ºC)です。私が成長期の大半を過ごしたこの町には、様々な人種(ジャワ人、マドゥラ人、アラブ人、中国人など)が共存しています。
首都大学東京(TMU)で助手として約1年を過ごした後、2014年2月にサウジアラビアに拠点を移しました。現在は、キング・アブドゥッラー科学技術大学(KAUST)で博士研究員として働いています。本大学は、理工系の大学院生(修士課程、博士課程)の養成を目的として、2009年に設立されました。キャンパス内では、英語が使われています。研究および論文の引用件数では、世界で最も急成長を遂げている大学のひとつです。「アラブのMIT(マサチューセッツ工科大学)」とも呼ばれています。
KAUSTでは、複合材料・不均質材料の解析およびシュミレーション(COHMAS)研究室の主任研究員であるギレス・ルビノー教授の下で研究活動を行っています。私は、熱可塑性複合材に関するプロジェクトの研究チームリーダーを任されています。COHMAS研究室には、フランス、米国、メキシコ、インドネシア、中国、インド、サウジアラビアなど、世界の様々な国から研究者や学生が集まっています。
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紅海での魚釣り
KAUSTは、サウジアラビア第2の都市、ジッダの北80kmに位置するツワルにあります。ここでの住まいは、KAUSTが提供する集合住宅です。ツワルの西側は紅海に面しています(だから、ここでは釣りを楽しめるのです)。KAUSTには、サウジアラビアの中でも特別な行動規範が設けられており、例えば男女一緒に授業に出席したり研究を行ったりすることができますし、女性はベールをかぶる必要もありません。西洋化が非常に進んでいて、とても国際色豊かな環境です(80か国以上からの人が集まり、調和を保ちながら生活しています)。キャンパス内では、英語が主要言語として使われており、基本的な施設が整備されています。ただし、サウジアラビアの気温は、極端に高くなることがあります(冬の平均気温は17ºCととても穏やかですが、夏には45ºCまで上がります)
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TMUでの研究テーマと成果
首都大学東京では、縫合複合材の機械的特性について研究していました。複合材料は繊維・樹脂が何層にも重なった積層型であり、超軽量にもかかわらず強いという特徴があります。航空機に適した素材で、日本航空のボーイング787型機には、50重量パーセントの複合材料(カーボンとエポキシ、ガラスとエポキシの複合材料など)が使われています。ただし複合材料の上に堅くて重いものを落とすと、層が簡単に剥がれてしまうという欠点もあります。はく離しにくくするには、とても強力な糸(ケブラー、ベクトランなど)で層を縫合するという方法があります。縫合技術により開発された新素材は、「縫合複合材」とそのままの名称で呼ばれています。縫合により層の結合が強くなり、衝撃負荷を与えた後の損傷が小さくなるため、縫合複合材が簡単にはく離することはありません。
ただし、縫合すると複合材料の内部構造が乱れるという問題点もあります。繊維にうねりが生じ、縫合複合材に含まれる樹脂の量が多くなりすぎるのです。そこで、縫合パラメータ(縫合密度、縫合糸の径といった縫合工程における2つの重要なパラメータ)が複合材料の引張、圧縮、疲労の挙動に及ぼす影響について研究しました。引張、圧縮、疲労は、いずれも航空機にとって日常的に発生する負荷です。私は特に、様々な機械的負荷が縫合複合材に与える損傷の進展メカニズムを解明することに興味を持ちました。
この研究は非常に基礎的なものですが、損傷メカニズムを理解することにより、縫合複合材の設計や性能の改良方法を解明できる可能性があるので、とても重要な研究なのです。この研究が、三次元強化型の複合材料の設計について、科学界や産業界で何かしら影響をもたらすことも考えられます。
本研究は、首都大学東京と JAXA (宇宙航空研究開発機構)の両方で、実施されました。チーフアドバイザーには、渡辺直行教授(首都大学東京、システムデザイン学部 航空宇宙システム工学コース)、副アドバイザーにはJAXA複合材技術研究センターの岩堀豊博士および星光博士がついて下さいました。縫合複合材の研究結果については、国際的学術誌で5編、学会で15編の論文を発表しています。このような実績は、素晴らしいアドバイザーの監督がなければ、不可能だったでしょう。アドバイザーにしっかり鍛えていただいたおかげで、複合材料について知識を深めることができました。また東京都が多額の資金を提供して下さったから研究に集中できたということは、言うまでもありません。
東京での生活
確かに苦労したこともありましたが、それは私の日本語力不足に主な原因があったと思っています。それでもありがたいことに、教授陣、スタッフ、学生さんたちが支援してくれたお蔭で、東京の生活に馴染むことができました。次に苦労したのは、しきたり、習慣、規則(明文化されたものや暗黙のルール)などでした。しかし時が経つにつれ、調和、内と外の世界、社会の規律に従うこと、縦社会、伝統を重んじることなどの特徴を持つ日本社会の内面について、多少なりとも理解できるようになりました。
TMUの印象や思い出
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COHMAS研究室にて複合材料を製造
私は、研究をすること、何か新しいことを学ぶのが大好きなのです。首都大学東京では、最新の設備を使って複合材料について学び、最先端の研究を行うことができました。とてもやりがいのある経験でした。興味深い研究テーマ、良き指導教官や友人にも恵まれました。また東京都が、このように優れた教育プログラムを作成してくれたお蔭で、日本で博士課程を修了できたと、心より感謝しています。私の専門分野である航空工学、特に先進的な複合材料を研究するには、最新の設備と充分な資金が必要です。東京都は、充分な資金を提供してくれましたし、最新設備も利用でき、研究にまつわる非常に多くのことを学ぶことができました。首都大学東京とJAXAの共同研究も、とてもためになりました。JAXAでいくつかの研究を行うことができましたし、様々な複合材料の研究者と交流することもできました。
何かにつけお祝いをしたがるのは、日本人の特徴です。仕事や行事が終わる度に、研究室、研究チームやグループがパーティーを開き、私もそれを充分に楽しみました。パーティーを通して、実際にメンバー同士の絆を強めることができるのです。
今後の希望とアジアでの私の役割
将来は、研究所か企業で働きたいと考えています。どちらに進んでも、新しいことを学び、研究者と交流し、結果を生み出すことができると思っています。研究所では、複合材料の性質について理解を深める手法や技術の開発に携わりたいですし、企業では、安全で快適な航空機の製造に結びつくような新素材を開発したいです。
いずれは、特に航空業界の技術発展、研究や教育全般において、日本とインドネシアの架け橋になれると思います。両国が互いに理解を深め、強い絆を築き、経済や人材開発において利益を与え合うようになることを望んでいます。
お世話になった教授陣、大学スタッフや友人へ
本当に数え切れないほど多くの方々のお蔭で、日本の滞在を楽しむことができました。その中でも特に、博士課程の研究で様々な助言を下さった渡辺直行教授には感謝の気持ちでいっぱいです。たびたび私の研究に対して技術的な助言を下さったJAXAの岩堀氏と星氏にも大変感謝しています。また、淺井雅人教授(私のプロジェクトリーダー)、稲澤歩准教授(寮監)、近藤篤史博士(MSC Japan)、博士課程委員会(末益教授、北薗教授、小林教授)にも感謝の意を表したいと思います。事務手続きの面では、関口さんや山田さんに親切にして頂きました。同じプログラム(アジア人材育成基金)に所属する学生たちからは、心からの友情を得ました。さらに、サワダ家、カサイ家、マツシタ家など、日野市在住の日本人家族とも知り合うことができ、とても親切にしてくれました。本当に良くして下さった皆さんに感謝するとともに、今後のご多幸をお祈り申し上げます。
これから東京で学ぶ留学生へのメッセージ
東京で学ぶ(そして当然ながら暮らす)ことは、一生の思い出となることでしょう。東京には美しい場所や活気に満ちた雰囲気などありますが、なぜ東京にいるかということに常に集中しましょう。つまり卒業し、学位を取るということです。学ぶということは、当たり前のことではなく、学歴にかかわることなのです。日本にいる間は、科学、技術、習慣、言語、研究手法、そして日本の特性も、できるだけ学んで下さい。学習に全力で打ち込んで、熱心に取り組んで下さい(まるで1000年分生きるかのように!)。自律して、自分のあらゆる能力を駆使して問題解決に取り組んで下さい。質の高い研究(研究結果を定評のある学術誌に発表するのが大切です)をいつも心掛けましょう。日本や世界の研究者とのネットワークを築き上げましょう。
そして最後に大事な点を申しあげますが、何事にも前向きに取り組んでください。そうすれば、より多くのことを学べる(そして生き残れる!)でしょう。
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