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アジア通信
創刊号 2009年1月号
目次
アジア通信の創刊にあたって
1
寄稿「留学生にとってのネットワーク」
他国で学ぶ研修生や留学生に期待される役割について、東京大学名誉教授の樺山先生にお話を伺いました。
2
研修事業の紹介
「地震に強いまちづくり」研修について、シンガポールから参加したタナバルさんにお伺いしました。
3
大都市の先進的な取組〜大都市における洪水対策〜
近年大きな課題となっている都市型洪水対策について、東京とクアラルンプールの取組を紹介します。
4
東京で学ぶ留学生
来日3ヶ月、首都大学東京で航空機の主翼に用いられる複合材の研究に取り組んでいる、シンガポールからの留学生タンさんの生活を紹介します。
5
アジアの優秀な人材を採用する日本企業
アジアへの進出を考える日本企業に就職した、ハノイからの留学生リンさんの近況を紹介します。
—アジア通信の創刊にあたって—
 21世紀はアジアの時代と言われています。アジアの大都市がより豊かに発展していくためには、各都市が抱える共通課題の解決に向けて、国や都市を超えて、人と人とが協力していくことが大切です。

 東京都では中長期都市戦略の中で、「最先端の科学技術力の活用」「新たな人材育成システムのあり方の発信」「東アジア諸都市との連携・連帯」を3つの重要な視点として掲げており、人材育成を通してアジアの各都市との連携を深めていく取組の一つとして、このたび「アジア通信」を創刊することとしました。

 アジア大都市ネットワーク21(ANMC21)の研修事業には、これまで200名を超える人が参加しています。また、東京都が設立した首都大学東京では、アジアからの留学生が数多く学んでいます。アジア通信は、東京で学んだアジアの人材が、帰国後も東京とつながりを継続し、将来のネットワークの構築に結び付けていくことを目的に発行するものです。

 アジア通信では、東京やアジア各都市の先進的な取組を定期的に発信するほか、「人」に焦点を当て、このアジア通信の仲間が活躍する姿を紹介していきます。読者の皆様には、ぜひアジアの仲間に向け、役立つ情報や近況報告など、気軽に投稿していただくようお願いします。アジア通信がアジアの人材の架け橋となり、各都市の更なる発展に資することを期待しています。
アジア通信編集部
留学生にとってのネットワーク
 他国で学ぶ研修生や留学生が期待される役割について、自らも留学生としての体験をお持ちである東京大学名誉教授であり日本における西洋文化史研究の第一人者である樺山紘一先生にメッセージを寄せていただきました。
樺山紘一先生
樺山紘一
 「留学」とか、「留学生」という日本語には、独特のニュアンスがある。まず、外国で勉強することは、本人にとっては自分の人生をひらくための重要な決断を意味する。国内ではかなわない、特別な教育システムに身をまかせること。だが、それにもまして、留学生は、ふつうの場合には、母郷における国家や地域、あるいは親族や団体の期待をも背中にうけている。個人の運命をこえて、送りだす母国との関係が無視できない。

 かつて、日本では明治時代の近代化のなかで、欧米にでかけた留学生は、その責務の大きさに、ときには勇気をあたえられたし、またときには荷の重さに押しつぶされそうにもなった。このことは、アジア諸国からの留学生にあっても、同じだろう。さすがに、21世紀の現代にあって、そうした事情はずっと軽減されたとはいえ、いまだに留学生における期待感や責務感は、なくなってはいない。

 いまひとつの事情がある。それは、留学生を受けいれる側のスタンスである。受け入れる側は、一般には先進国であったが、たんに進んだ学問成果の学習を援助するだけではなく、かれらの出身国とのあいだに密接な関係を継続してきずくことをも要請した。言語や風習、あるいは文化全般を体得させることで、地位の優位や影響力のますますの増進を期待することができた。これは、留学生についての外交政策とでもいえようか。こちらについても、いまではあまり露わな成果期待が表明されることはないが、それでも国の外交力の指標のひとつとみなされているのは、否定できない。

 こうして、「留学生」をめぐる事情は、近代国家の形成のなかで、微妙な意味を表現しているというべきだろう。日本は、その近代史のなかで、留学生にかかわるふたつの側面を、ともに体現してきた。むろん、そうした経験をもつ国は、日本だけではないが。いずれにせよ、日本はこの経験をもとにして、留学という制度の運用について、適切な提言をおこなうことができる、貴重な位置にたっている。なにが学生自身にとって有用か。また、学生を送りだす側と、それを受けいれる側と、その両者にあって、適正な方法とはなにか。それを模索してきたといってよい。

 ごく簡単にではあるが、わたしにとっての留学体験を話題にさせていただく。やや短期間ではあるが、フランスでの大学院教育に接したことがある。人文学研究の最先端のひとつを自負する国だけあって、フランス語や哲学・歴史学の教育については、みごとなシステムを完備させてはいた。しかし、実際にそこで学んだのは、教室や研究室での指導というよりは、学校周辺で接触した多数の学友や先輩・後輩の刺激や対話からであった。大学の周辺には現地のフランス人学生はもとより、日本をふくむ世界各地から「留学」してきた同年輩の学生たちが、群がっていた。かれらはみな、それぞれの固有文化を身につけたうえで、共通にフランス文化に対面している。しばしば、おたがいに奇妙なフランス語を語りつつ、学問研究のための方式を体得していった。

 本来であれば、招聘する側は、世界中の学生に放射状にフランス学問を教化することを標的とするはずだろう。送りだす側も、先進の知識・技術を迅速かつストレートに輸入することを留学生に要請するだろう。しかし、結果としてそこで目立つのは、諸国からの学生のネットワークである。さて、教室外でのネットワークは、留学生個人や送りだした国にとって、はたして効率的な学習方法だろうか。あるいは、フランス政府にとって、対費用効果のあがる方法だろうか。疑問もありうるだろう。

 けれども、学生自身にとって、この体験は帰国後をふくめて、なににも代えがたい、貴重な成果をもたらしているのではないだろうか。留学という制度や現実は、たしかにいま大きな変化をしるしつつある。

 いま、わたしたち日本人は、とりわけアジア諸国からの留学生を多数、迎えいれつつある。そこでは、日本における学問成果を「放射状」に供与することを目標にしてすむわけではない。あるいは、日本の文化や経験を、留学生の母国に直輸入することを強要したり、期待することであってもなるまい。むしろ、日本と東京につどうアジアからの留学生が、日本人をふくむ無数の同輩とともに、ネットワークをうみだすことを支援するほうが、はるかに有用であろう。いまや、グローバル化する世界にあって、日本の絶対優位を確立したり、他国とのプレゼンス競合に勝利するといった、旧態依然の発想を断念し、あらたなネットワーク構築の主体となれるよう、工夫をすること。そこに、留学生という特異な文化を世界史のなかで経験してきたわたしたちの、ユニークな課題がみだされるはずだ。アジア諸国からの留学生の方がたのご理解を、ひたすら願っている。
研修事業の紹介
ANMC21では、会員都市の行政職員や専門家を対象に、専門分野ごとに様々な研修プログラムを設けています。今回は、昨年11月に行われた「地震に強いまちづくり研修」を紹介します。
〜地震に強いまちづくり研修(実施レポート)〜
 この研修は、各都市の防災都市計画や建築行政を担当する職員を対象に、震災対策に関する政策能力の向上を目的としています。今回の研修(2008年11月12日〜14日)には、シンガポール、ジャカルタ、クアラルンプール、ソウルの4都市から9名の研修生が参加しました。

 初日は、東京都の耐震施策について講義を行いました。東京の厳しい耐震基準や建築構造に関する説明に加え、過去の地震による被災状況の写真を示しながら、損壊の程度と応急危険判定について解説しました。また、耐震基準を改正する場合、耐震改修工事にかかる費用に補助金を交付し、旧耐震基準の住宅の改修工事を促していることや、施工不良や手抜き工事などを防止するための検査体制の強化、違反時の罰金の引上げなどの対策について説明を行いました。

 2日目は、実地研修として、耐震改修工事を終えたばかりの三越百貨店本店を訪れました。これは、40年以上前に建てられた地上7階、地下3階建ての建物です。日本では1995年に発生した阪神淡路大震災の教訓から、耐震基準は度々見直されています。この建物も耐震強化及びバリアフリー化を目的に、営業活動を続けながら33ヶ月かけて改修工事を行いました。研修では、地下の耐震改修部分を実地に視察し、設計事務所の担当者から免震構造や工事の工程について説明を受けました。


 なお、後日談となりますが、本研修の1ヵ月後の12月16日、東京都は、耐震改修済であることを示したマークを記載したプレートを三越百貨店本店に交付しました。これは、「耐震診断・耐震改修マーク表示制度」の適用第1号となります。

 最終日には、研修生から、各都市の地震対策の取組についてプレゼンテーションがありました。プレゼンテーションを通し、各都市の耐震事情に関する情報交換や質疑応答を活発に行いました。

コラム シンガポール建設建築局 タナバルさん
シンガポール建設建築局 タナバルさん  シンガポールでは、大規模な建物や橋梁、トンネルなどの構造物を建築する際は、建設建築局が許可を行っています。私は構造技師として過去17年間、設計や建設監理業務に携わってきました。現在は建設建築局の500名からなるスタッフの一人として、構造計算など図面のチェックや現場検査などの現場統括を担当しています。

 シンガポールは地震がない国ですが、近隣国で地震が発生すると高層ビルでは揺れを感じます。多くの人は地震に不慣れで、地震が発生するとビルの外に飛び出してしまいます。国民の不安を解消するために、建築物の地震に対する対応や地震教育の充実が課題になっています。

 また、近年、シンガポールでは高層ビルや複雑な構造の建築物が増加しています。例えば、ダウンタウンには船の帆の形をしたオフィスビルや、大きな張り出しを持つ複合ビルなどが建設されています。また、近年カジノの開設が可能になり、カジノを含む高層ビルも建設中です。建設建築局では複雑化する建築物に対応するための専門性の強化が課題になっています。

 今回の研修は、地震の経験が豊富な東京の講師に加え、ジャカルタ、クアラルンプール、ソウルも参加し、国際色豊かなディスカッションとなりました。さまざまな都市の方との意見交換を通し、各地の地震対策の知識を得ることができたことが今回の研修の一番の成果だと思います。研修の成果は、今後の建設建築局の方針決定に役立てていくとともに、今回の研修を契機に形成されたネットワークを活かして、特にマレーシアやインドネシアなどの近隣都市と協力体制を築いていきたいと強く願っています。

大都市の先進的な取組 〜大都市における洪水対策〜
 気候変動による局地的な集中豪雨の発生や海面上昇、森林伐採や都市化による保水能力の低下を背景に、大都市は水害の脅威にさらされています。昨年11月に開催されたANMC21クアラルンプール総会では、洪水対策について各都市の首長らによる対話を行いました。今回は、東京とクアラルンプールから特徴的な洪水防止策を紹介します。

From 東京「神田川・環状七号線地下調節池」
 東京都内には、多くの中小河川が流れています。以前に比べ回数は減ったものの、大雨による洪水被害が最近も発生しています。現在、東京都には、大雨で水量が増した際に、一時的に水を貯めるための「調節池」が24か所あります。

 その一つである「神田川・環状七号線地下調節池」は、環状道路の地下にあるトンネル式の調節池であり、3河川からの取水を効率的に行っています。この調節池は、内径12.5m(地下鉄トンネルの断面より大きい)、全長4.5km、貯留量54万m3に達します。台風シーズンを中心にこれまで23回の流入があり、下流域の浸水被害軽減に大きな効果を発揮しています。同じ規模の降水であってもその浸水被害は激減しています。詳しくはこちらをご覧ください(PDFへリンク)。

<調節池完成前と完成後の浸水被害の比較>
  1993年台風11号 2004年台風22号
総雨量(時間雨量) 288mm(47mm) 284mm(57mm)
浸水面積 85ha 4ha
浸水家屋 3,117戸 46戸

From クアラルンプール「SMARTトンネル」
 クアラルンプール市は、かねてから中心市街地が大規模な洪水に襲われてきました。洪水対策として、2007年7月に、中心市街地を縦断するSMARTトンネルと呼ばれる全長11.5kmの大規模な排水トンネルが開通しました。この事業は、マレーシア政府、クアラルンプール市及びSMART社による共同事業となっています。

 SMARTトンネルは市街地を走る幹線道路の地下に建設され、一部の区間(3km)は市街地の交通渋滞を緩和させるために自動車専用道路として利用するという構造になっています。排水用と道路用の共用区間では断面が直径13.2mの3層構造になっており、上2層は道路用、3層目は排水専用となっています。大雨時には道路部分を閉鎖して、上流のクラン河から許容量を超えた水を取り込み、3層全体で排水を行います。実際に全面閉鎖されるのは、概ね年間1〜2回と予測されています。その貯水量は300万m3もあり、クアラルンプール市の計画洪水防止能力の約45%をまかないます。

 SMARTトンネルは、市街地を襲う洪水と交通渋滞を同時に解決する、世界にも珍しいユニークな試みといえます。
東京で学ぶ留学生
 首都大学東京(TMU)では、アジア地域を中心に、現在、約200名の留学生を受入れ、アジア人材の育成に積極的に取り組んでいます。

 昨年10月からは、新たなアジア人材育成制度による都費留学生の受入れを開始しました。高度先端的な研究課程を対象とし、留学生が安心して勉学に専念できるようにするため、奨学金の支給や授業料の免除、住居の確保等の生活支援を実施しています。

 今回は、昨年10月にシンガポールから来日し、システムデザイン研究科航空宇宙システム工学専修で研究活動を行っている、タンさんにスポットを当てました。
Interview シンガポールからの留学生 タンさん
シンガポールからの留学生 タンさん
—どのような研究を行っていますか?
 私は、航空機に適用可能な複合材について研究・開発しています。複合材は、アルミ合金と同じくらい軽量でありながら、鉄鋼と同じくらい強靭であるという優れた性質があります。具体的には、異なる材料を使用してつくられた複合材の層を縫合することによって、さらに強靭な機体構造をつくることを研究しています。

 日本は飛行機の翼に用いられる複合材に関して非常にレベルの高い研究を行っています。現在は研究室でコンピュータによってシミュレーションをしていますが、2009年4月からは宇宙航空研究開発機構(JAXA)で、実物を使った衝撃耐久実験の研究を行う予定です。国の研究施設であるJAXAには、複合材の実験と分析に優れた高度な機器が多数あり、非常に楽しみです。

—将来の目標は?
 大学の研究者になりたいです。複合材の研究は、燃料費が非常に高騰している中、機体を軽量化できるため、非常に注目されている技術開発です。複合材の研究を続け、学生を育てていきたいです。

—普段の生活は?
 キャンパスまでは自転車で15分のところに妻と子どもの家族3人で住んでいます。周りの環境はとても安全で、住民の皆さんはとても優しく親しみやすい方々ばかりです。また、TMUの教授やゼミ仲間には、日本に来た初日から、入国管理局や大学での手続きなど、あらゆる面でサポートをしてもらい、大変感謝しています。

 毎日9時から18時まで大学で研究を行っています。大学の図書館では、英文の書籍(海外の雑誌や教材)が十分手に入り、また、On-lineで見ることができるe-Journalもあります。週に2回、月曜の朝と水曜の夕方に1時間半ほど南大沢キャンパスで日本語の授業をうけています。生徒は、バングラデシュ、中国、韓国などからの留学生10名程度です。海外の学生と知り合うことができる、良い機会でもあります。

 週末は家族と過ごしています。新宿、浅草、サンリオピューロランド、上野公園などに行きました。ディズニーランドは一番楽しかった場所で、娘がとても喜びました。

—他の留学生に伝えたいことは?
 日本に留学することの当初の不安は語学でしたが、海外からの留学生のための日本語の授業もありますし、教授やゼミ仲間とは英語でのコミュニケーションが可能で、質問にもすぐ答えてくれます。そのようなサポートの中、充実した毎日を過ごしています。

 このように素晴らしい留学生への支援システムがあることをほとんどの学生は知りません。ぜひTMUに来て、視野や経験を広げてほしいと思います。

Interview 担当教員 淺井雅人教授
担当教員 淺井雅人さん
—航空分野の留学生プログラムを開始されましたが、どのようなものでしょうか?
 ANMC21の共同事業の一つである中小型ジェット旅客機開発促進の事業と連携したものです。2008年度から、アジアの航空技術者・研究者の育成と各国間の研究者ネットワーク作りを目的に、航空分野の研究を志望する留学生を対象とした大学院プログラムを開始しました。これは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同プロジェクト研究への参加を通して、実践的な航空エンジニアや研究生を育成するプログラムです。

 2008年度はシンガポールからの留学生のタンさんが入学し、学位(Ph D)取得へ向けて航空機用複合材構造の研究をスタートさせています。2009年度も、同研究分野を対象に博士(後期)課程学生を受け入れます。2010年度からは、複合材研究をさらに将来型航空機の開発につなげるため、空気力学やCFD(Computational Fluid Dynamics)分野にも対象を拡げ、人材育成プログラムをより充実させる予定です。

—首都大学東京の留学生に向けてメッセージをお願いします
 留学生が一番気にかけるのは日本語能力の問題ですが、大学院博士後期課程では指導教授とのゼミとディスカッションが中心ですので、研究遂行上日本語能力が問題になることはないでしょう。また、研究室の日本人学生との日常のコミュニケーションにより、大学院修了までには日本語会話も十分マスターできると思います。

 学位取得後、研究者や技術者として活躍され、将来のアジアでの共同事業を行う上で母国と日本の架け橋的な役割を果たされることを期待しております。

 東京は、政治経済の中心であるだけでなく、音楽、アート、ファッションから食文化に至るまで、世界中の様々な芸術や文化をコンパクトなエリアで体験できる世界で最もエキサイティングな都市です。首都大学東京留学中、“東京”を十分に楽しんでいただきたいと思います。
アジアの優秀な人材を採用する日本企業
 近年、生産拠点をアジアに展開する日本企業が増加しています。ビジネスを現地で円滑に進めるためには、現地の言葉や商慣習に精通するとともに、現地で働く優秀な人材を育成していくことが重要です。
 今回は、ベトナムに進出を検討している企業の取組を紹介します。
コラム
 ハノイ近郊のタンロン工業団地は日系企業が集積する工業地域です。日本の有名企業として、キャノンや松下などの大企業が現地工場を設けています。ベトナムにはこのような工業団地が多数あり、500を超える日本企業が進出しています。

 日本の企業が海外に進出する際にネックとなるのは、言葉や文化の違いによるコミュニケーションの問題です。現地で日本語を話すことができる優秀な人材を確保することは、海外進出を希望する日本企業にとって重要な要素となります。進出企業の中には、現地において日本語が分かる優秀な人材を採用したり、あるいは、日本で働く海外人材を海外進出の準備期間中から日本国内で採用するケースが多数あります。

 東京都町田市にある(株)コバヤシ精密工業は、ハノイ近郊の新しいハイテクパーク、ホアラックに進出を検討しています。同社は、髪の毛より細い直径0.09mmの穴あけ加工も可能な、優れた精密機械部品加工技術を持つ先端技術分野の中小企業です。

 同社では、工場開設準備の一環として、ベトナム人留学生をHPで募集し、昨年5月にハノイ工科大学と日本の大学で学んだリンさんを採用しました。リンさんは現在、金属の機械加工を中心に技術を習得中です。同社では、「仕事に対する意識を高く持ち、必要な技術をマスターすること」を強くアドバイスしています。将来リンさんが母国において活躍する人材になることは、同社にとっても大きな希望です。同社では、リンさんの育成の一環として、ベトナム人のネットワークへの参画にも力を入れています。

 リンさんにとって東京の中小企業の魅力は、大学を卒業してすぐに即戦力として期待され、先端技術を実践の場で学ぶことができることにあると言います。また、中小企業のアットホームな雰囲気は働きやすく、先輩たちも熱心に仕事を教えてくれるとのことです。「将来はベトナムに帰国し、東京で学んだ技術や知識を母国の人々に伝え、国をもっと豊かにしたい。そして、ベトナムと日本の橋渡しとなるような仕事をしたい」というのが、リンさんの夢です。

 なお、東京都産業労働局では、2009年1月に、都内に住むベトナム人留学生等とベトナム進出を希望している都内中小企業とのマッチングを行うための、初となる就職セミナーを開催しました(写真はセミナーで後輩達にメッセージを送るリンさんです)。「自国で働きたい」と考える留学生と都内企業の海外展開を結び付ける事業を、今後も実施していく予定です。